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プロフィール
三原淳雄
 

2010年04月23日
三原 淳雄

満州再訪
 

 ゴールデンウィークに生まれ故郷の満州に、引揚げ以来はじめて行くことにした。愛憎半ばという心境であったため、懐かしさの一方で酷い目や口惜しい目にも会い、あんなところに二度と行くものかと思っていたのだが、年月は感情を変化させるものらしい。そこで改めて満州がらみの本など読んでいたら、草柳大蔵さんの「満鉄調査部」に次のくだりがあり、わが乱暴な性格が何故生まれたのか、すとんと胸に落ちた。 
 
 少し長いがいまの時代には参考になりそうな文章なので引用してみよう。 
 
 満州に渡った青年は、心情の毛穴が拡大してしまうようである。天地が広く、準拠すべき原理が見当たらないところからきている。現代の「管理社会」のサカサマの空間である。この現象を北条修一は「ニューファミリーの元祖」と名付けている。北条説に従えば、アメリカに渡った「メイ フラワー号」は家族を挙げての移動だった。しかし満鉄には次男、三男坊がやってきた。つまり核家族のハシリである。これが第一点、彼らは社宅として2DKの家をあてがわれ、貧乏を知らずに成長した。これが第二点。「したがって満鉄の社宅で育った子供は荒っぽくて怖れを知らないところがある」と・・・・ 
 
 「氏より育ち」と言うように生まれながらに広大な満州で放し飼いで育つと、管理されたりする人生は窮屈になるのは当然だろう。 
 
 改めて振り返ると、生まれながらにサラリーマンには向かないDNAが流れていたことになる。その満州が国の政策の失敗で戦争に敗れソ連軍が入って来て、一転して被支配者になったのだから、大変どころの騒ぎではない。天地がひっくり返った思いもしたし、人生に変化はつきものと子供のころから叩き込まれてしまった。 
 
 親鸞上人の歌にある「明日あると思う心の仇桜 夜半に嵐の吹かぬものかわ」が骨身に染み付いている。人生一寸先は闇なのである。 
英語で言えが「エニシング キャン ハップン」であり、少々の騒ぎには驚かなくなった。 
 
 サラリーマン時代に部下から「大変だと言っている姿を見たことがない」と言われたことがあったが、生命を取られそうになったことに較べれば、株が下がった程度で大変だなんて言葉は出てくるはずもない。 
 
 しかしその本当の大変がいよいよ日本にやって来きそうになってきた。本人は鳩だと言っているが、鳩どころか稀代のサギ(鳥の名前)によって日本の安全が危うくなってきたのではないだろうか。 
ゴールドマン サックスの訴追程度で騒いでいる場合ではないのではないか。 

国獲り合戦

 政府の最大の責務は国民の生命と財産の安全を守ること、これに尽きるのだが、その肝心な生命の安全が危なくなってきた。 
 
 サギ首相は国会で「イノチ」という言葉を連発していたが、それも国の安全保障が万全であってのこと、基地問題で躓いている間にも、その近海を中国海軍が堂々と巡回し、多分海底の調査でもしているのだろうが、そのうち尖閣列島は中国領なんて言い出すのではないか。 
 
 外国人参政権などうかうかと渡したら、対馬は韓国領になるかも知れないし、琉球列島は中国だなんて言い出す地方自治体自らが身売りしかねなくなるぞ。 
 ひと昔前日本はアメリカ合衆国の51番目の州なんて言われ方があったが、うっかりしていると中国の日本自治区なんてことも起こるかもしれない。 
 
 グローバルな変化のなかで、日本の立ち位置を鮮明にすべき時だろう。 
 ひょっとしたら基地どころか、このままでは日本が売られてしまうぞ。 
 それも国民の選択なのだが、いざそうなっても泣き言が出ないのならいいのだが、きっとそれはそれでまた大騒ぎするのだろうな。そのころまで生きて何が何でも見届けたいものだ。 
 
PS.次週は満州の奥地まで行って来ますのでお休みです。