三原淳雄の言いたい放題 mihara-atsuo.com
プロフィール
キャピタル・パートナーズ証券
三原淳雄はキャピタルパートナーズ証券の顧問を務めています。
 

2009年07月09日
三原 淳雄

インスピレーションとイメージそしてデザイン
 

 まだ息子が大学生だった20年以上も前のことだが「お父さんは生まれた国を間違えたみたいだね」といわれた覚えがある。小学校をアメリカで過ごした彼にとっても日本は何だか変な国と感じていたらしい。 
 その彼の目にはTVや雑誌などで親父の意見が大衆の意見とは違うたびに「あいつは金持ちの味方」とか「証券の肩ばかり持ちやがって怪しからん」と叩かれている姿が、アメリカとは大きく違っているように思えたらしい。 
多様な価値観があって当たり前の国で育てば世論の中にも様々な声があって当たり前。その世論に竿差すとたちまちバッシングされる親父が可哀想に思えたのだろう。 
 もちろん戦前の満州生まれの身としてはそんなことは覚悟の上。「盲目千人、目明き千人」言われるように判ってもらえない人に媚まで売って自説を曲げるわけにはいかない。判ってくれている人は世の中には必ずいらっしゃるのだから、その人たちの代弁者として折角与えられた発言の場を曲げるわけにはいかないと痩せ我慢をしていた。  
 しかし現実は厳しくこの変な国で言葉つまり言論で生きていこうとすれば、身奇麗にしておかねば何処で変な形で足をすくわれかねない恐れがある。 
本業はマーケットのトレンドを読むことだが、そこで自分が金儲けをやってもいいのだろうが、うっかりマスコミなどに金儲けのうまい奴などと書かれたりすれば「あいつは何かうまいことをやっているのではないか」となって変な形で受け止められたら、それこそオマンマの食い上げとなりかねない。 
 「瓜田に沓を入れず」では無いが痩せ我慢をしながらミスミス金儲けから距離を置き用心するに越したことは無い。これがアメリカなら正反対でマーケットで成功した人の話でなければ講演会に人は呼べないし、むしろバフエットやビル ゲイツが来るとなれば大枚を投じてでも聞きたいと大変な人気になるはずである。 
 今年もバフエトとランチを共にする権利が競争入札され、1億6000万円で落札された国である。こうしたお国柄の違いを見れば「違う国に生まれたのでは」と当然自分でも思っているし、あのまま満州に残っていて文化大革命を生き残っていれば、ひょっとして大金持ちになっていたかもしれないと思ってみたこともある。 
 なにせあの国は国なんて天から信じてはいないのだから、ある日突然戦争に負けて民主主義が天から降ってきた日本とは発想が違うのである。二言目には政府はどうしてくれるなんてナイーブなことしか考えられない国とは根性が違う。そのぶん本音で生きるには逆にいい国だろう。 
 「ノーといえるニッポン」という本で石原都知事がかなり前に「ノー」と言えと主張されていたように、世のなかにはイエスとノーはいつの時代にもある、イエスマンの意見ばかりに馴れた日本はここらでよほど腹をくくって自分を取り戻さなければ、グローバルな生き残りをかけて世界が戦うなかで勝ち残るのは容易ではない。 
 その昔アメリカ人の友達からジョークで「日本人がイエスと言ったらそれはメイビー、メイビーはノーと思え。もしノーとはっきりいう日本人がいたらそれは日本人ではないと思え」と暗に『変な日本人』みたいな言われ方をしたことがあるが、これは将にいまこそ心して聞く必要があるのではないか。自分で考えずTVのいい加減なコメンテターの言うことを受け売りし、いかにも判っているような知ったかぶりではこれから襲ってくる恐ろしくて暗い未来を乗り切れないことを判っているのだろうか。 
 人間は惰性で生きる生き物だけにここらできっぱり過去のしがらみを切り離し、必ず来る決して明るくない未来だからこそ目をそむけずに直視し、しっかりと見据えて自分の未来図をイメージしデザインする時である。このままじっとしていれば明るい未来が拓けるほど世の中の変化は優しくない。世界経済の形は昔のそれとは正反対になると考える方がむしろ正解だろう。 
 インスピレーションをしっかり働かせてイメージしそれをデザインしてみれば、新しい世界がおぼろげながらでも見えてくるはず。とにかく自分の頭で考えてみるといい。また友達と議論してみるのもいい。様々な意見があって世の中はできていることがわかるだろう。頭は使うためにあるのだからこの際徹底的に使ってみることだ。さすれば未来への絵もかけるはずである  
 次回で三原が読む未来を独断と偏見でご紹介しよう。