三原淳雄の言いたい放題 mihara-atsuo.com
プロフィール
三原淳雄
 

2009年05月08日
三原 淳雄

渋滞考
 

 世の中には様々な面白い学問が行われているようで、東大の先生の「渋滞」に関する学術的な記事を、大渋滞を報じているテレビの前でとても面白く読んだ(学士会報876号 西成東大準教授) 
 「渋滞は社会の無駄」である。渋滞することで時間を無駄にしてしまう。この損失は一年間に日本中で38億時間、国民一人当たり30時間になるとか。まる一日以上を車の中でじっとガソリンを撒き散らしながら過ごしているのだから、経済的には壮大な損失なのは確かである。 
 西成先生によれば「とにかく流れのあるところには渋滞がある」そうで、言われてみればその通り。生産の流れが悪くなれば在庫という渋滞が増えるし、カネの流れが詰まれば今回のような金融危機が生じ世界経済が渋滞してしまう。当然そこには大きな無駄が生じるのも当然である。その無駄も先生によれば3つに分けられるのだそうだ。ひとつは「誘引型」の無駄で、自分でもわかってはいても、まるで麻薬のようについ意志の弱さから無駄を発生させてしまう無駄のこと。ゴールデンウィークで混むと知りつつ出掛け、大渋滞を起こしてしまうなど、その何よりの好例だろう。また時間がないのについ無駄話するのも意志の弱さによる「誘引型」無駄となる。 
 本人は一生懸命にやっているつもりでも、手順が悪くて無駄を発生させるのが「不覚型」。また生命保険のように無駄かも知れないと思いつつも、いつ死ぬか判らない不安で決めるという、ごく自然な「自然型」という無駄もあって、この三つが複雑に絡み合っているのが人生なのだそうだ。 
 しかし一方で本のページの空白のように、それがないと読み難いという「無駄の効用」もある。一見無駄のように思えても効用があればそれは無駄ではなくなるところが、無駄の意味の深いところかも知れない。 
 車のハンドルも無駄な動きがあるから車は滑らかに走る。あれがきちっとしていたら運転はかなり難しくなるはずである。 
 この無駄の効用は投資家心理にも当てはまるようだ。市場は人知をしばしば超えた動きを見せることがあり、この三つの分類のなかでは「自然型」に近いと思われるが、その市場を相手にするにはある程度の「無駄の効用」も必要なのかも知れない。 
 多くの銘柄に投資して全勝するのが理想的だがそうはいかないのが市場。全勝にこだわるよりは二つ三つは損しても、上がった銘柄に時間をかけて大きく取る方が投資としては無駄のない投資のはずなのだが、何ごともパーフェクトでなければ気のすまない国民性のためか、儲かっている銘柄よりは損している方に気をとられ、儲けは小さく損は大きくしてしまって結局無駄を作っているケースも多い。また本来なら下げたところで買うのが効果的だが、上がってこないと買わないという投資も多い。 
 それは「誘引型」無駄であり、高いと知りつつ皆が買っているから買うという横並び意識がもたらす無駄の典型だろう。投資で最も気をつけるべきは「誘引型」の無駄であり、心すべきはむしろ安いところで買ってじっと持つという、時間がかかることもあって一見無駄に思えるだろうが、結果としては大きくなる「無駄の効用」ではなかろうか。 
 渋滞だけで30億時間も無駄にしているのだから、この際無駄の効用についても考えてみると、案外無駄が無駄にならないのではなかろうか。皆んなが出掛けるゴールデンウィークに、家でじっとしていると無駄な時間に思えるかも知れないが、その時間を読書や思索に当てれば、意味のある無駄の過ごし方になっただろう。 
ではお前はどうしたかって?残り時間僅かの人生を振り返るため孫のビデオをDVDにせっせと移しながら、いまは大きくなって相手にしてくれなくなった孫たちの可愛かった姿を懐かしく偲んで有意義な無駄な時間を過ごしました。