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プロフィール
三原淳雄
 

2009年02月06日
三原 淳雄

金持ちはカネを働かせろ
 

 講演や原稿のテーマとして、いつも頭の中に入れタイトルとしてきた言葉が「大変な時代」。この「大変」を用いだしてからもう15年にもなる。大変とは文字通り大きく変わること、日常自分や日本を取り巻いている環境が変わらなければ「今日も昨日と一緒だった。明日も今日と同じだろう」となり、少しも大変ではない。つまり何も変わらないからである。ところが世の中そう甘くはない。 
 生き馬の目を抜くようなすばっしこい連中で世の中は溢れているから、うかうかしていると変化に取り残されるどころか、身ぐるみ剥がされてしまいかねない。それもおれおれ詐欺みたいなちんけなものから、金融工学を駆使し法的には全く不備のないサブプライムのようなものまで枚挙に暇が無い。そうした連中にひっかかり被害が出るということは、世界も日本もそれだけ豊かになったという変化の表れだろう。その日暮らしの生活だったら損をしようにも先立つものがないのだから、円天なんてジジイに騙されたりする余裕もないはず。 
 人間の欲とは計り知れないもので、もっともっとと上を求める。ゴルフだってそうだろう。今日スコアがよかったら次はもっと良くなるはずと、カネまで払って長い距離を歩く。貧乏で欲がなければカネを払ったうえに汗までかいて、あんなことが出来るはずもない。そんなことが庶民でも可能なのは紛れもなく豊かになったからである。 
 食うや食わずだったらゴルフどころではないだろう。年金暮らしだからゴルフにも行けないとぼやいていられるのも、それなりに食えていけているからではの不満ではないだろうか。 
 一方で「衣食足って礼節を知る」という美徳が失われてしまったのも、日本の大きな変化だろう。昔の人は「恒産なければ恒心なし」という名言も残しているが、なまじ豊かになったばっかりに、恒心などすっかり忘れられてしまった。いまこそその恒産を使って恒心を働かせる時が来たのではないだろうか。 
 大変な時代なのだから、恒産のあり方を大きく変えることを考えて欲しいのである。 
 いま個人の金融資産の多くは高齢層が保有し、がっちり現預貯金で抱え込んでいる。 
 如何に持ってるかはあの田舎でも3億6千万円も地中に埋めていたという、眉に唾したくなるような話が好例だろう。 
 カネはただ持っているだけではカネを失業させているのと同じだ。金持ちがカネを働かせなければ世の中よくなるはずもない。カネは天下の回りものなのに、いまは世界中がカネ回りが悪くなっているから不景気なのである。 
 2050年には世界の人口は90億人を超える一方で、日本の人口は一億人を割る。 
 そうでなくとも厄介な日本語が使える世界は一億人を切る。次の世代の日本人はどうやって世界で生きていくのか。それがいま日本が求められている大きな変化だろう。 
 これは本当に大ごとであり、大変なことになる。人口が減れば消費も減るし、だいいち税金を払う人口が減るのだから、財政再建どころの話ではあるまい。 
 そのためには世界に通用する人材の育成が必要だが、そこでおカネの出番である。 
 いまこそ世界を相手に頑張っている企業や、頑張ってほしい企業の株を孫の名義で買ってやるのも一法だろう。孫名義で長期保有をするのならその分相続税をゼロにするとか、何とか眠れる失業中のカネを動かす方法を考えるべきだろう。株が上がれば企業のバランスシートも改善され、銀行もカネを貸し易くもなる。相続税ゼロなんて言うとすぐ金持ち優遇だと目を吊り上げるのがこの国の悪い癖で、株が上がってくれば金持ち以外の人にもメリットが及ぶ。少しは頭を使って急がば回れぐらいの気持ちで、金持ちに働いて貰うことがいかに景気をよくするかはすぐ判るだろう。いまは大変な時代なのだからこれまでのような尋常な手段で乗り越えられるような甘い変化ではない。 
 むしろ禁じ手と思えるぐらいのことを思い切ってやることが新しい時代を切り拓くのである。人間感情的になるとろくなことはない。人間が作った経済や法律なんだから、そんなもの変えればいい。大変とは文字通り世の中を大きく変えることだし、自分も大きく変わることなのである。もう15年以上も言い続けているが、まだ変われないのは結局変わろうとしない心の狭さにあるのだろう。 
 この際頭のなかを白紙に戻して、カラカラポンで新しい日本を作るにはどうすべきかを根本から問い直すいい機会だろう。 
 これまでの常識や成功体験はむしろ邪魔になるというぐらいに発想を変えることだ。 
 何でもいいから気に入った企業をまず応援してみたらどうだ。どうせカネなど冥土には持っていけないのだから。