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プロフィール
三原淳雄
 

2009年01月09日
三原 淳雄

危機の読み方
 

世界中で危機が叫ばれているが、「危機」は「危険」の危と「機会」の機との組み合わせでもある。だから「ピンチはチャンス」とも言われるのだろうが、いま最もこの意識に欠けているのが政治だろう。折角のピンチをチャンスに変えようという気配が全く見られないのは淋しいことではある。 
 世界が変わりつつあるのに、日本の国の形を変える絶好のチャンスではないのだろうか。 
 国民に危機の意識が急速に高まっている折だけに、新しい時代の変化にどう対応していくのか、それを示すのが本来の政治の役目のはずだが、たかだか二兆円の給付金で躓いている姿はみっともない限り。 
 二兆円を一億人の国民で割れば一人当たり二万円。こんなことで数千兆円も世界中で損が出ているご時世を乗り切れるはずはない。 
 円高で国が潰れるような騒ぎになっているが、一方で600兆円もある現預貯金は円高で1.3〜1.4倍も価値を増しているのだから、こうした国の富の有効活用を計ることを考えるのが国の役目だろう。 
 通貨が弱くなって潰れてた国はいくらでもあるが、通貨が強くなって潰れた国などない。むしろ月給は上がらなくても可処分所得は増えているのだから、円高のメリットがすぐ生活にプラスになる国にするのが政治の役目であろう。それには行政のあり方を抜本的に見直すことだ。本来は主権在民であり国は国民の生命と財産の安全に徹していればいいのであり、規制や法令によって愚かな国民を縛るのが使命と考えているフシがある。 
 世界存亡の危機でもある。この際ガラガラポンして全て白紙から規制と保護の関係を問い直してみるべきである。そうすればそこから新しいビジネスチャンスも生まれてくるだろう。旧来の制度や仕組みが新しい芽を摘み取っているように思えてならないのである。

兆と兆しと挑戦

昨年を表す漢字は「変」だった。変な国の変な出来事ばかりだったという点では変は確かにそうだが、大変化の変であることを忘れないようにしたい。 
 いまや新聞やTVなどで「兆円」にお目にかからない日はないほど、世の中兆の字で溢れている。兆と言えば大変な単位であり百万の百万倍だから、昨年世界の株式市場から消えた額が三千兆円と聞くと、その凄さは一万円札にしたら富士山の高さの何倍なんてものではなく、富士山の体積と較べたくなる。 
 ショッピングバックひとつに約5千万円入るから、そのショッピングバック何個分が消えたのだろうと考えると気も遠くなって数えるのを止めた。重さにしても相当なものでダンプ何台分になるのだろうか。 
 こんな金融危機を目の前にすると、家計は消費を控えるし企業は手元キャッシュを厚くする。かくして景気はどんどん下降するのだが一方では兆円単位で金は積み上がってくる。 
 おまけに世界的に金利が限りなくゼロに近いのだから、そのうち1993年当時のアメリカのように株がスルスルと高くなる可能性もある。メディアは雇用なき株高とか不景気の株高、ひどいのになるとまたも投機資金のいたずらなどと書くのだが、これが出てこないと景気立ち直りのきっかけは出てこない。いわゆる金融相場の幕明けであり、株の先見性とはこういう動きのことなのである。 
 これが兆しであり、この兆しに挑戦できるかどうか。兆円、兆し、挑戦これが今年のキーワードだろう。