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プロフィール
三原淳雄
 

2008年11月27日
三原 淳雄

チャレンジが好き
 

 世間は百年に一度の災害に出遭ったみたいな騒ぎになっているが、人間の寿命なんてせいぜい3万日がいいところ。しかも働ける年数もせいぜい50年くらいだろう。 
 そう考えてみるとここで百年に一度のイベントに巡り合ったのはむしろラッキーで、あの世に持っていける想い出話が増えたと考えることにした。 
 思えば同世代の日本人ほど様々なイベントに出合った日本人は、歴史を振り返っても例がない。 
 幼少時は軍国少年で大きくなったら軍人になってお国のために戦死しろと教わり、それが負けた途端に同じ教師たちが一転して「日本は悪い国だった、世界に謝ろう」と言い出すのだから、これぞ究極の驚天動地の変化だった。 
 それまで使っていた同じ教科書を、自分たちで黒く塗って消しながら違うことを習うのも考えてみれば変な話ではある。 
 家に帰れば裸電球とピーピー鳴るラジオしかない。それがどうだ。10年もするとやれ3Cだとかニューファミリーとかで世の中自由が溢れ、いつの間にか先生と生徒の立場が逆転し、全共闘の時代には教授が学生に散々吊るし上げられる始末。そのゲバ棒学生が就職期になるとさっさと背広に着替えて大企業に白々しく就職し、ニューファミリーとなって子供たちを散々甘やかす。 
 そのニューファミリーはいまやオールドファミリーとなり、甘やかした子供を放し飼いにしたツケが回り始めたところに、待ってましたとばかりに来たのが百年に一度の大変化、これだけ大きく変わった時代は長い日本の歴史のなかで初の出来事だろうから、大変だなんて騒いでないでむしろ楽しむ方がいいだろう。 
 こんな面白い経験が出来る人間なんて、人類の歴史のなかでも滅多にあるものではない。戦争に負けて滅亡の危機となり、焼跡から立ち上がって一時は世界一の金持ち国となり、アメリカ中のビルを買いまくって顰蹙まで買い、そして長年にわたるデフレも経験し、そして今度は貯えを吹っ飛ばされかねない逆風に耐えなければならなくなった。 
 栄枯盛衰は世の倣いとは言うものの、そんなに頻繁に起きるものでもないにもかかわらず、何故かわが世代には何度も起きたのだから、これを僥倖とせずして何をもってラッキーと言うのかと考えるべきだろう。 
 ひょっとしたらケンタッキーフライドチキンのカーネル大佐のように、60歳過ぎてから起業しても、もう一回大きく羽ばたくことも出来るのではないだろうか。 
 一度しかない人生、大変だと考える前に「何とも面白い世の中になったもんだ」「あのトヨタもそうか」「だったら何か出来ないか」ぐらいの陽気さが欲しい。 
 苦い顔しても世の中明るくならないし、あの戦後の焼跡からだって這い上がってきたのが日本人ではないか。もう一度チャンレンジ出来る有難い時代になったと、ほんの少しの人が考えてくれるだけで、世の中ずい分明るくなるだろう。頑張ろうという言葉は好きではないが、チャレンジという言葉が大好きである。