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プロフィール
三原淳雄
 

2008年04月08日
三原 淳雄

孫の入学式
 

 桜のまだ残っているなか、孫息子の中学入学式に出掛けてきた。息子の時は入学式など「そんなの関係ねえ」とばかりに、一度も行った覚えはないが、一体入学式に行かずに何をしていたのだろうか。多分当時流行りの日曜出勤で、売れない投信を売り歩いていたのだろう。サービス残業などと言っているいまは羨ましい限りである。何せ会社が潰れるかどうかの瀬戸際だったころの話であり、転職などは思いもよらない時代とあって、会社イクォール、わが人生みたいな気持ちで張り切っていたし、切羽詰まってもいたので子供の学校どころではなかったのである。 
 孫の入学式当日は天気もよく、父兄もさることながら当方も含めてジーさんバーさんの方が数多く見られるほどの大盛況。日銀総裁が空席でも政治が機能不全でも、そんなの全く関係ないのどかな日本の風景は、それはそれで心の和む一日だった。やはり日本は平和なんだ。 
 平和で平穏は確かにいいことだけど、問題はその有難さを何人の人が感謝しているのだろうかと、この風景を見ながらふと考えてしまった。 
 改めて考えてみると長い日本の歴史のなかで、いまの時代ほど平和で幸せな時代はないのではないだろうか。軍隊はあれど戦争せずにすんでいるし、これから後期なんとやらで苛められるであろうジーさんバーさんも、いまのところは何とか生きている。春休みの新幹線のグリーン車はのんびりした顔のジーさんバーさんとその孫たちで一杯である。いまの日本のこののどけさを、どうすればうまく孫の世代に引き継いでいけるのか、これがこれからのジーさんバーさんの考えるべきことなのだろう。 
 そこで思いついたのが、この老人のいいところを何とか後世に引き継げないかということである。先日も平日なら空いているだろうと近所のゴルフ練習場に出掛けたところ、これまた幸せな老人で満杯。約30分も待たされてしまった。2時間千円打ち放題を目当てに来ているのだろうが、下手なゴルフに無駄な時間を費やすぐらいなら、ご近所の若い共稼ぎ家庭の留守番役にでも駆り出した方が、双方にとって役に立つのではないだろうか。子供が早く帰ってきても家に誰かがいてくれて、話相手や宿題の手伝いでもしてくれればいいと思うのだが、そんなNPOを作ってもきっと責任などとれもしないくせに、事故でも起こされたらどうすると、たちまち役所に潰されるのだそうだ。 
 「民間で出来ることは民間で」と大見栄を切った首相も、いまはヒラ議員なのだから、黙ってないで少しは声を出したらどうだ。 
 そういえば道路予算の一般財源化もあの人は首相時代には言っていたはずなのに、反対票が自民から出て来ないのも不思議である。 
 とにかくいま必要なことはまだ元気な老人パワーの活用である。これから団塊の世代の大量退職を迎えるだけに、このパワーを活用しない手はないだろう。 
 要は発想の転換である。日本の最もいい時代に住んでいるという感謝の気持ちを持ち、そんな社会で生きてこれたのは何より有難いことなのだから、生かされてきた社会への恩返しに何が出来るか、そう考える人が増えてくれば、日本の景色も若者の顔色もずい分変わってくるだろう。幸せも希望も自分が変われば変えられることが出来るはずである。 
 日銀総裁が空席でも国会が空転しても、桜はちゃんと咲くし、入学式もとどこうりなく出来るいい国ではないか。 
 「日本人でいることが恥ずかしい」と時として思わぬでもないが、そんな後ろ向きな気持ちでは孫の役には立てないだろうと、思い直させられた1日だった。