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プロフィール
三原淳雄
 

2007年09月27日
三原 淳雄

還らざるもの
 

 直近の週刊新潮(10月4日号)に「還らぬもの」というタイトルのグラビアが載っていた。「還らぬもの」とは戦前外地にいて引揚げてきた人たちが持って帰ってきた旧日銀券や日本軍の軍票、満州国の紙幣や台湾の紙幣、そして満鉄の株券など、当時なら文字通り目も眩むような資産だった宝の山が引揚げ時に没収され、その後引き取り手のないまま横浜税関の倉庫に眠っている写真である。 
 200万人を超す外地からの引揚げ者たちが、それこそ虎の子の財産として日本に持ち帰ったものの、一人1,000円以上は換金出来ず、残りは没収されてしまったのである。これは当時日本を占領していた米軍の司令部GHQが終戦後のインフレを警戒して出した、昭和20年9月23日の通貨持込み制限によるもの。たまたま横浜税関長の谷川氏が親しい友人だったこともあって。早速電話したところ、いまでも横浜税関だけでも10万件もの預かりが残っているとのこと。これでも約5万件は持ち主が現れて引き取られていったそうだが、いまや当時の引揚者の多くは鬼籍に入っているか高齢者ばかり、このごろはとみに照会件数も減っているらしい。 
 昭和21年に小学校4年で引揚げてきた身としては、両親が上限1,000円しか換金して貰えず、これでは文字通り天国から地獄だと嘆いていたことをうっすらと覚えている。 
 この「還らざるもの」のなかに我が家の分まであるのなら、せめてもの両親の思い出に探してみたいと思わないでもないが、両親亡きいま手掛りすらないし、引揚げてきたのは九州の佐世保だから、横浜税関には保管されていないだろう。淡いノスタルジアを感じるしかない。 
 この週刊新潮のグラビアをどれだけの人が感慨深く眺めてくれたのだろうか。 
 多分殆どの人が読み飛ばしてしまったのだろうが、たった60年前にはこんな出来事があったことぐらいは覚えておいた方がいいのではないか。平和呆けしたいまの日本では自分は何も悪いこともしていないのに、ある日突然自国もしくはGHQのような外国の手によって財産がゼロになったり、通貨が通用しなくなったという貴重な過去があったことぐらいは覚えておくといい。 
 カネなんて所詮一場の夢、儚いものなのだから持ってる時、稼いでいる時が華。使い切れない分はいまのうちに我が家の将来、日本の未来のために布石を打っておくとか、格差社会を本気で直したいなら、せいぜい寄付でもすることだ。戦後引揚げてきて痛感したことは、人間生命さえあれば何とかなるという度胸があれば、小さなことには目くじら立てなくなるということだった。 
 いまの日本は小さなどうでもいいことを大騒ぎし、肝心な何かを忘れているのではないか。このグラビアを見て先人の苦労に思いをぜひ馳せて欲しいものである。