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プロフィール
三原淳雄
 

2006年09月27日
三原 淳雄

ディベートの効用
 

 このごろ地上波のテレビが変だ。ゴールデンアワーに世の中のことをチッとも判っていないようなチンピラタレントがウジャウジャ出て、人の話しをロクに聞くこともせず話しの途中で罵倒する番組が増えた。こんな番組をみて育った若者が短絡的になるわけである。 
 そんな低俗な番組が横行するなかで、久し振りにしっかり考えさせられるディベート番組に出会った。NHKのBSでやっている月1回のディベートである。その後ザッピングしていたら今度はTBSの自民と民主両党の議員によるディベートを見つけた。 
 NHKは当代一流(もどきの出演者もいたが)の専門家を揃えていて、相手の話しをまずしっかり聞き反論するというルールが守られていたし、TBSの方も両党の議員のディベートを学生百人が聞き判断するというユニークなもので、大層楽しかったし大いに役にもたった。チャラチャラしたロクでもない番組ばかりが目立つなかで、放映された時間帯にはまだ不満が残るがこうした番組が出てきたのは喜ばしいことである。つい寝不足になってしまい翌日使いものにならないというおまけまでついたが、久し振りに軽い知的興奮を感じることが出来たのは思わぬ拾いものだった。 
 起承転結とよく言われるように、日本語では結論は終わりにくることが多い。そのためには人の話しを終わりまで聞くのがまず礼儀というものだが、最近は爺さんのなかでも田原某氏のように話しを途中でブッタ切るのが出てきて、それをタレントが真似、世の中の飢児も真似て人の話しを聞くこともせず、すぐ切れる人間ばかりが輩出することになったのだろう。

少しは考えろ

 欧米では幼少時からディベートを学校で教えるのが当り前であり、時としては全く自分の思想や信条とは反対の立場で議論を組み立てることを求められる。 
 たとえばイラク出兵に反対でも、座った場所によっては賛成の立場でディベートをし、その論旨の組み立て方で点数がつく。 
 株ならたとえ自分が買いと思っても、売りの立場でディベートしなければならないのだから、合理的な思考が身につくわけである。 
 おまけに勝っても負けても感情的にならないところが素晴らしい。日本ならさしずめ根に持つような激しい議論を戦わせても、終わればケロッとしているのだから、これは大いに見習うべきだろう。 
 最近の風潮を見ていると、何と考えることを止めた輩の多いことか。これだけ騒がれているのに懲りもせずに飲酒運転をしたり、子供を簡単に殺したりまたは子が親を殺したり、日本人もここまで堕落したかと思わせる出来事が続いているが、これは考えることを止めたからであろう。考えるためにもチャラチャラした番組ばかりを見たり作ったりするのではなく、もっとディベート番組のような自分も考えることの出来る番組をもっと増やしてみてはどうだろう。日本人は学ぶことに関しては多分世界一だろうが、その知識をベースにして考えることが出来れば、きっと世界で最も尊敬される、いわゆるクールなジャパンになるはずである。