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プロフィール
三原淳雄
 

2006年08月31日
三原 淳雄

貯徳のすすめ
 

戦後はさっぱり聞かれなくなったが、戦前の日本は「一等国」を目指しひたすら列強入りを目指した国だった。 
 「一等国」になりたい、一等国と呼ばれたいという願いは明治維新によって開国し、列強の圧力に絶えず晒らされていた日本の悲願でもあった。戦前生まれの子供にとっても日本が何等国なのか、大いに気になった記憶がある。 
 その日本がいまや経済大国となり、経済力では押しも押されもせぬ一等国であることには異論がないはずである。 
 GDPは500兆円の大台に達し、株式市場は約500兆円と、どこから見ても大国である。直近の資金循環統計によると、家計の持つ投信や株式の値上がり益だけでも62兆円もあるそうだから、ちょっとした国のGDPなど軽く値上がり益で追い越してしまう。 
 つまり豊かな国なのだが、どうも品が無い。「恒産なきところに恒心なし」という言葉があるが、日本は恒産成って恒心なしという先人の教えとは全く異なる国になった感がするのは私だけではあるまい。 
 街を歩いても電車に乗っても、これ以上仏頂面は出来ないという顔をした連中ばかりだし、金持ちが恵まれぬ人たちのためにどーんと寄付したという話しも、年に一回あるかなし、俺のものは俺のも、人のものも俺のものという風潮の方が強い。したがって、ごく普通に話し振舞う人を見ると、とてもすばらしく思えてくるほど、何だか普通ではない変な国になってしまったのは何故なのだろう。次期首相が確実視されている安倍官房長官はしきりに「美しい国」と唱えているようだが、これから大切なのは外見の美しさではなく、内から滲み出てくるような美しさ、つまり徳を感じさせる国を目指すべきではないだろうか。尊敬されてこそ一等国なのである。 
 日本一の大投資家として知られる名古屋の竹田和平さんは、このごろしきりに「貯徳」、つまり徳を積むことを提唱されているが、将にいまの日本には「徳」が欠けている。 
 文句を言い出したらキリがないが、日本の長い歴史のなかでいまの時代がいちばん豊かであることは確かなのだから、それぞれが分に応じて先祖に感謝し、もう少しにこやかに振舞ってみてはどうなのだろう。もう貯金は充分あるのだから、これからは「貯徳」についても少しは考えてみたいものである。「国家の品性」なんてことは本など買って読まずとも、ちょっと考えて、ちょっと心掛けてみれば自ら備わってくるはずである。成金国家など栄えるはずもないことも判ってくるだろう。